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マイカー、マイバイク乗り継ぎの歴史 家族編4 シビック

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家の4台目の車は、HONDA シビックでした。

ある日、
家のクルマが突然代わっていました。

昨日までの
白いトヨタ マークⅡが
茶色のHONDA シビックになっていたのです。

もちろん、
中古です。

マークⅡはそれなりの車格のクルマでした。

一方シビックは
軽のN360(いわゆるエヌサン)を
一回り大きくしただけといった感じの
代物でした。

HONDA シビック 初代 
昭和47年7月~昭和54年7月 生産台数68万2748台

昭和47年7月 1169cc 60ps/5500rpm
昭和53年6月 1335cc 68ps/5500rpm
(1488cc 73ps/5500rpm モデルもあった)

CVCCと称する副燃焼室を持つエンジンは、世界一厳し排気ガス規制である昭和45年の米国マスキー法を、世界最初にクリアーした。

日本の名車 5 1-6, デアゴスティーニ 2014,2,25 より

出典 http://

初めて運転するFFの車だった。

教習所以来、
FRのコロナやマークⅡのハンドルは、
2.5回転、ロックツーロックで5回転した。

しかし、
シビックのハンドルは
ロックツーロックがたったの3回だった。

運転席に座ると、
まあ、
ゴーカートみたいで、
オートマチックのシフトレバーも、
ごくシンプルな選択だった。

コロナのオートマ、通称トヨグライドは、
DとD2という2つの前進モードが選べたのだが、
シビックのセレクターには、
スターレンジという★のマークしかなかった。


ホンダマチックというシステムは、
イージードライブを目指すものであった。

走り出すと、
まさにウィーンという音の、
モーター感覚の加速感だった。

とにかく
楽な運転を目指すものであった。

シビックRS

後の1974年に
RSというスポーツタイプの設定もなされた。

ツインキャブのRoad sailingをいう
HONDAらしいワルだったが、
わずか1年で姿を消した。

当時の排ガス規制のせいである。

残念ながら、
父のポリシーとして、
クルマは単なる移動手段であった。
速く走る必要はないとのことで、
モータースポーツとは無縁だった。

ただ、
正直 「嫌な色だなぁ」
と思った茶色のボディカラーは、
父もそう思ったらしく、
ある日これまた唐突に、
オールペンに出され、
メタリックシルバーに変身した。

茶色もシルバーも当時の写真が見つからないので、
ここに掲載できないのは、
残念である。

シビックとN3

モデルカーで見ても、
N360とあまり大きさが変わらない様子が見て取れる。

でも、
家族全員が乗ることが出来たし、
高速道路もちゃんと走れた。

しばらく乗って慣れると、
シビックは、
なかなか快適で、
楽しい車だった。

ある意味、可愛いヤツだった。


後に僕は、
友達がジムカーナコースを
HONDAシティで走る助手席に乗せて貰ったことがある。

シビックだったら、
もっと面白いだろうなぁ
と思った。

およそ15年後、
別のクルマに変貌した
シビックtypeRが欲しくなって、
見積もりをとりに数軒のディーラーを
訪れたのを思い出した。

買わなかったけど……

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